上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 2010/5/2 (一年前のを綴っています)

フランス・スペイン・イタリア2週間一人旅

欧州・建築/美術視察記 7日目 フランス・マルセイユからスペイン・バルセロナへ

はじめての方は日目あたりから読んで頂けたらと思います(お時間あれば)
建築視察記フランス パリ 2日目 ルコルジュジェ他

変換 ~ DSCN5287 変換 ~ DSCN5190 

あっという間にマルセイユも今日で移動です。

今日はスペイン・バルセロナまで電車で向かいます。

日本では朝飯を取らない私も、ホテルでの朝食は毎日はずしてない私です。『もったいない』文化の田舎もんからか・・・

名残惜しくユニテダビタシオンを後にして、気持ちを切り替えスペインバルセロナへ。。



変換 ~ DSCN5297 変換 ~ DSCN5298 変換 ~ DSCN5301 変換 ~ DSCN5306 

見飽きない窓の外を見ながら、三時間ほど電車にのって、モンペリエの街に着いた。

こっちでは、駅のトイレも有料だったことも驚いたけど、フランスでの電車と違ってスペイン行きの電車の渋さ驚き、違う国に行くのだなと改めて思い直したのだ。

これからさらに6時間ほどの長旅電車に乗りながら、日本での最初の予定では行くことのなかったバルセロナだったが、『マルセイユから近いから寄って行ったら』と飲友にアドバイスされ、地球儀ではすぐそばだったが・・・ほぼ一日かけての移動なんですけど。。と思っていた。

でも、ガウディの建築見れるし、もひとつ異文化の中に行くことに気持ちが好奇心でいっぱいになっていた。

地中海が見え隠れする列車のかなで、持ち込んでいたスペイン・バルセロナの本を読み込んで、予備知識を蓄え、明日からの予定を立てていた。


途中、電車の中でパスポートを車掌さんチェックされてスペインに入った。

車内アナウンスがあり、今、本で覚えたばかりの『・・・・グラシアス(ありがとう)』を聞いたときは、メルシーじゃないことに、なんとも、、感動した。



変換 ~ DSCN5310 変換 ~ DSCN5314 


変換 ~ DSCN5318
 変換 ~ DSCN5319 

バルセロナに午後の8時半に着いたが、まだまだ昼間の様に明るい。


変換 ~ DSCN5321 変換 ~ DSCN5329 

ホテルまで地図を片手に歩いて行くうちに、やっと夜になった。

旧市街と言うこともあったのか、スペインの雰囲気に飲まれていたのか、裏路地は狭くて暗く、初日の夜は街を歩くにも結構ビビっていた。



変換 ~ DSCN5337 変換 ~ DSCN5336 変換 ~ DSCN5335

とは言うものの、早速ホテルを出て食事に出掛け、大通りに出ると道端には大勢の人が食事をしながら飲んで賑わっていた。

私も適当なお店をさがし、フランスの店と違ってコッチのメニューは写真付きだったので食べたいものを注文できたのは良かったけど、ハモンとビールを頼み、予想外のばかでかいビールが届き、写真があっても思い通りにはならないものだ。

一人食事をしていると、ジプシーの人が花を買ってもらおうと何度も訪れ、落ち着かないものだったが、無視の一点張りのおかげであきらめて行ったしまった。

いろんなテーブルの人たちにも、同じようなことをしているのを見ると、これもアリなのだなと異文化を感じた。



 変換 ~ DSCN5339 変換 ~ DSCN5342 

ホテルに戻る途中で、ちょっとブラブラしながら(やはり裏路地はビビる)、懲りずにバーに入ってみた。

ここでも、店の中のカウンターバーで飲んでいると、道端からジプシーが私目当てに入ってきてちょっと困っていたが、店のママさんに追い払ってもらった。

やれやれ、ちょっと疲れるバルセロナ一日目の夜だったのだ。

つづく

 2010/5/1 (一年前のを綴っています)

フランス・スペイン・イタリア2週間一人旅

欧州・建築/美術視察記 6日目 マルセイユ

はじめての方は日目あたりから読んで頂けたらと思います(お時間あれば)
建築視察記フランス パリ 2日目 ルコルジュジェ他


変換 ~ DSCN5011 

昨日の夜、お気に入りとなったバルコニーで朝食をとった後、フロントにいたおじさんが私に声をかけて来て、なにやら話しかけている。

何言ってんのかな?とよくよく聞いてみると『ユー、アーキ・・』なんとかと言っている。

あーそうか!建築の方か?と言っているのか。イエスと答えるとさらに話しかけてきた。

はじめは、さっぱり意味が解らなかったが、身振り手振りでなんとなく解ってきた。

どうやらコルビュジェが設計したこの建物の館内を説明してくれるらしい。これはうれしい話しだと思いOKと答えると10時半ごろここにまた来るようにと言ってくれた。

まだ時間があったので、部屋に戻り旅行で溜まった衣類の洗濯をして、また戻ってきた。


すると、私の他に建築家か、もしくは写真家らしい人たちが3人ほど集まっていた。

さっきのおじさんの奥さんらしき人が、挨拶してくれて館内を案内してくれるらしい。

みんなで握手と挨拶をして、私もジャパンから来たとみんなに伝えた。

イングリッシュはOKかと聞くので、ノーイングリッシュと答えた。

あー英語ちょっとは勉強しておけば良かったと、はじめて悔やんだ。

変換 ~ DSCN5041 変換 ~ DSCN5075

私含め、5人で館内を廻り、奥さんが英語かフランス語かなんかで説明してくれた。

言葉は全くの理解不能だったが、奥さんの身振り手振りと、時には行動で建築の意図や家具などの使い方やその良さを解りやすく表現してくれたので、内容は非常に理解が出来た。

それとともに、こんなとこまで考えて設計したのかと、日本で買った本には書いていないちょっとした心憎い仕掛けがたくさんあって非常に驚き、感心し大変勉強になった。

近代建築家の巨匠ル・コルジュジェが約半世紀前、1952年に設計し建てられたこの建物は、337の住戸、屋上庭園、幼稚園、保育園、店舗、レストラン、ホテル、プール、体育館・・・などが入っている。

建物自体が一つの都市であるようなこの集合住宅ユニテ・ダビタシオンは、今もなお人々が暮らしている。


変換 ~ DSCN5130 変換 ~ DSCN5140 

住居の部分は、リビングが吹き抜けになった2階層のメゾネット住居で、東と西に突き抜けている。その断面が” 『 の字” と ” 』 の字”の様になっていて、上下に組み合わせるようにして建築に収まっている。

半世紀前、モダン建築のさきがけとして、光と風を取り入れた革新的な新しい住空間は、今でも全く見劣りしないばかりか私は、住空間の演出においては今もなお、革新的とさえ思える。



変換 ~ DSCN5086 変換 ~ DSCN5092
変換 ~ DSCN5098

キッチンも当時のまま現役で使われていて、コンパクトに収められたキッチンは、いろいろアイデア満載で、コンロの換気フードの部分には、なべが掛けられるようになっていたり、収納も大小それぞれの大きさが適材適所に配置してあって、扉の取ってのデザインまでも、この建築のアイデンティティのなっている形となっているのには驚いた。

また、シンクにも生ゴミが流せるダストシュートがまで当時もままだとは。

部屋やベランダの至る所には、座ったり、腰掛けたり、ひじ掛けたりとちょっとした居場所がたくさんあって、こんな楽しさが住まいには大切なのだと改めて思った。



変換 ~ DSCN5145 変換 ~ DSCN5147 

そんなこんなで、たのしく見学会も終わり、自分の部屋に戻って自分で試してみるのだった。



変換 ~ DSCN5179 

 変換 ~ DSCN5161 変換 ~ DSCN5183

これだけ巨大な建物でも、一階の部分は、コルビュジェが提唱していたように、ピロティとなっていて車や人が自由に通れるようになっていた。

その支えている巨大な足(支柱)は、写真では知っていたが、実際のインパクトはまさに絶大だった。

折角なので、日本から持っていった、超コンパクトな三脚をつかって、外壁にあったモデュロール (黄金比と人体寸法から創った寸法体系) から創った片手を掲げた人物像をまねて、一人で記念撮影をした。





変換 ~ DSCN5196 変換 ~ DSCN5195 変換 ~ DSCN5197 変換 ~ DSCN5214 

お昼になったので、昨日立ち寄った旧港にタクシーで行ってみた。

午後になって小雨がちょっと降っていたが、たくさんの人が街を歩いていた。歴史ある観光地らしく露天商の人や楽器を演奏している人がいたりと、にぎやかで情がある様な街に見えた。


食事にしようと思ったが、さっきタクシーを降りた時、小銭がなくなったことが気になって、わざわざお土産屋によって小銭を作った。

このころは、まだ、一人で間もないころだったので、何処によるにもチップにつかう小銭を確保していないと不安だったのだ。


変換 ~ DSCN5204 変換 ~ DSCN5205

これで安心し、良さげなレストランを見つけ無事食事になった。

今回、マルセイユに来た理由は、ユニテダビタシオンを見て、泊まる事が目的であった。

だからそれ以外は、これといって予定がなかった。

マルセイユでのノルマは午前中に達成したので、明日スペインのバルセロナに向かうまでは、ゆっくり出来る時間となった。

せっかくきたので、街中を散策しようと思い、旧市街に向かった。


変換 ~ DSCN5219 変換 ~ DSCN5220 

路地の狭く古い石畳の坂を登って行くと、洒落た古い寺院らしき建物があった。

調べると17世紀ごろ建てられた貧民救済院だったらしい。


変換 ~ DSCN5228  変換 ~ DSCN5225
変換 ~ DSCN5226 

中に入ると、なかなか落ち着いた感じで、回廊のベンチに座り、ちょっと休憩しながら久々のスケッチをした。


変換 ~ DSCN5238  変換 ~ DSCN5245 

それでも、夕食まで時間を持て余し、旧港をほぼ一廻りした。

途中、5世紀に創設され、なんども破壊を受けて14世紀に今の形になったと言うロマネスクスタイルの修道院によってミサを聞いた。


変換 ~ DSCN5258 変換 ~ DSCN5259

本来、ユニテダビタシオンのレストランで夕食と思っていたのだが、今日の昼間フロントのおじさんに

『今日はレストラン休日だから、外で食べてきて!』と言われ、もし良かったら良い店あるから紹介するよと教えれくれたレストランに来た。

小振りな感じだが、なかなか洒落たレストランだった。メニューはなく、おまかせコース一本だった。

ホテルのおじさんに、見せるといいよ言われたホテルの名刺を渡し、紹介されて来たよとマスターに身振り手振りで伝えた。

食事は、本格的なフランス料理だった。案の定ワインも進み、マスターお勧めの白と赤を飲んだ。

開店がPM8時からだったので、外はまだ昼間の様に明るかったが、開店と同時に入ったときは、私一人だけだった店内も、10時過ぎても、これから食事ですみたいな感じでお客が入ってくることに驚いていた。

こっちの方たちは、夜になるのも遅いけどディナーも随分と遅いもんだね。

また、となりの真摯なおじさんのワインテイスティングの時のグラスの回す時間の長さにも、十分驚いたけど。。

そして、ちょっと酔ってきた私も、英語に挑戦しようとマスターに頑張って『メイアイスモーク、アウトサイド!』と言ってみた。

間髪入れずマスターが『ノープロブレム』答えてくれてと初めて会話らしきことが出来た。

店の外で、一服付けながらそのことが一番驚いていた。


つづく


2010/4/30 (一年前のを綴っています)

欧州・建築/美術視察記 5日目 フランス ロンシャンからマルセイユに


変換 ~ DSCN4843 変換 ~ DSCN4844

ロンシャンという小さな村の近くの街ベルフォールのホテルに泊まり、昨日はひさびさに湯舟につかった。

朝起きて窓の外には、いかにもヨーロッパにありそうな重厚で古そうな城壁があり、パリとは違い異国の遠く小さな誰も知らない街に来ている。
いつもよりちょっといい朝食を食べ、早速目的の建築を見に出掛けた。

車で10分くらい走り、ロンシャンという小さな村の小高い丘の上に、教会がありその礼拝堂がルコルビュジェが創った建築物である。



変換 ~ DSCN4887変換 ~ DSCN4846

小雨のなか、門から上り坂を歩いていくと『うわ、、でたーー!』
なんじゃ!これは、、、
それからは、無我夢中で眺め、さわり、見上げ、廻って、行ったりきたり。。

   変換 ~ DSCN4873  
変換 ~ DSCN4847 変換 ~ DSCN4854変換 ~ DSCN4869 変換 ~ DSCN4871

近代建築史におけるパルテノン神殿とも言われるこの白いロンシャンの礼拝堂。

コルジュジェの作品の中でも、最も印象的で特異な外観に圧倒され、驚かせるばかりだった。

斜めにそびえたつぶ厚い壁には、さまざまな大小の明り取りの色ガラスの窓が散乱している。中に入ると外の白く明るい壁とは対象的に非常に光を抑えていて神聖な空間に神秘的な光の乱舞は、非常にアート的でもあった。

そして、何人かの方が、神父とともにミサを歌っていた。

神聖に響きわたる歌声を、色ガラスを通した赤、青、黄などの光が床に落ちているのを見ながら、しばらくの間、聞き入っていたのだった。


変換 ~ DSCN4911

ベルフォールの街に戻り、いよいよMASUYAMA氏ともここで別れることとなった。
電車の切符も、言葉が出来なくても買える方法を二人で検討し実践してみた。メモ帳に時間と行き先を書くだけなのだが。。

これから先、自分で買って移動していく為に、非常に大切な事なのだ。

こちらでは、列車も時間の遅れも当たり前の事らしく、違う列車に乗らないよう列車番号をよく確かめるように!と教えてもらった。

日本のように、改札口がない駅に驚きと違和感を感じながら、列車に乗り込んだ。
そして彼と最後のお別れとお礼をし、フランス南部マルセイユに向かった。

変換 ~ DSCN4916 変換 ~ DSCN4917

とうとう一人旅となり列車の中で、不安と期待が交じり合っていた。

途中ディジョンという街で乗り換えをし、駅で昼飯のパンと水を買った。店員にウォーターと言っても通じずワーターと言ったらやっと通じた。

変換 ~ DSCN4927 変換 ~ DSCN4926
変換 ~ DSCN4922

となりでは、子供がマンガらしきものに熱中していて、何読んでるのかと思ったらワンピースだった。
それだけでも、ちょっと安心した様な気がした。



変換 ~ DSCN4929 変換 ~ DSCN4931

やっとマルセイユについた。約7時間ほど電車での移動だった。

夜の8時だと言うのにまだ昼間のように明るい。

まずはメトロに乗って港に行った。途中反対側の列車に乗って、全く違う方向に進んでいたが、途中気が付いて引き返して何とか港周辺にたどり着いた。

変換 ~ DSCN4935

いかにもマルセイユらしく港には、たくさんの船があって街の人たちも活気があるように感じる。

大阪や博多のような雰囲気があった。早速教えてもらったようにレストランをさがし食事となる。

ビールを頼み、パスタとワインも頼んだ。つたない言葉とジェスチャーでおいしい食事となった。
 

変換 ~ DSCN4942

となりの店では、テレビでサッカーの試合が行われていたらしく、すごい人だかりになっていた。

となりの席のマダムが、英語で話しかけてくれて、不思議と私も返していた。

『マルセイユのサッカーチームはすごいでしょ!』と言っているみたいで私も素直に答えていた。

マルセイユは、パリとはまた違って、楽しい人と街でうれしかった。



 変換 ~ DSCN4983

タクシーを拾って、今日のホテルに向かった。

今回の旅で、どうしても泊まると決めていた、コルビュジェのユニテダビタシオンに。。

個人で日本から予約したので、ちゃんと予約が入っているか不安だったのだが、今日の昼間にMASUYAMA氏に頼んで、電話で確認してくてていたのでホテルの方も待っていてくれていた。

チェックインして部屋に入り、泊まれることに感動しながら、レストランバーでまた一杯飲んでいた。

つづく


 2010/4/29  欧州・建築/美術視察記 4日目 フランス パリからロンシャンに


変換 ~ DSCN4724 変換 ~ DSCN4725 

朝、ホテルを出てmasuyama氏の車でパリ郊外に出て、約20キロくらい走った所にあるサボア邸(ル・コルビュジェが1931年ごろに完成した)に向かった。

建築士の試験にも出てくる有名な建築物で、サボアさん夫妻の週末住居だったらしい。

ちょっとわかりにくいところにあって、何度か行き過ぎたが長く続く塀にやっとそれらしき看板を見つけることができた。


変換 ~ DSCN4727  変換 ~ DSCN4816

門を抜け木々の中をくぐり抜けると、視界が一気に広がった緑の芝生の上に、白い幾何学的で宇宙船のような建物が中央に建っていた。

まさに本や教科書で見た建物がそこにあった。かならず観てみたいと思っていた建物であったのだ。

完成した1930年ごろの建物って言ったら、石やレンガを積つみ重厚な装飾をほどこした建物で、ゆえに窓は小さく自由に開口も間取りも取れなかったが、鉄筋コンクリートが発明され自由な建築が創れるようになったころだ。

当時、ル・コルビュジェが提唱した『近代建築5原則』には、

1 ピロティ    建物を柱で地面から離し人や車など自由に通り抜ける空間を創る。
2 屋上庭園   勾配の少ない屋上に緑を入れ自然を取り入れる。
3 自由な平面構成  鉄筋コンクリートにより床と柱で構造体ができたので外壁だけでなく自由な平面構成ができた。
4 水平連続窓  従来は縦長の制限された窓から横長に連続する窓によって降り注ぐ光と眺めを取り入れることが出来た。
5 自由なファサード(外観・立面)  それまでの重厚な意匠のファサード(正面の外観)の重視からの脱却

簡単に書くと(これでも)、こんなことを言っていたのを最も純粋な形で表現されたのが、このサボア邸だった。

変換 ~ DSCN4730変換 ~ DSCN4733

1階に入り居住空間のある2階に上がるには、らせん階段とこのスロープがあり、徐々に視線が上がっていく室内のアプローチ的な廊下を上がるとリビングがあった。

変換 ~ DSCN4792変換 ~ DSCN4761 変換 ~ DSCN4737 

2階には中庭(2階だから広いベランダと言うべきかな)があり、そこから途切れず続く水平連続まどからは、緑が連続絵画ごとく切り取られ、十分な光と自然が入ってきていた。

私たちが見学していると、いつのまにか何人かの見物客が来ていて、そこかしこに居場所があるこの建物は、どこにいても落ち着きくつろげるよな、さまざまな仕掛けがしてあった。

変換 ~ DSCN4763 変換 ~ DSCN4766

さらに屋上に上がるスロープを上ると、その正面には、絵画のように切り取られた風景があり、そこにもテーブルのような台が施され、天井にない書斎のようだった。

まだまだ、ここには書ききれないほどの仕掛けや、楽しませてくれたり癒してくれる空間があったり、機能的な家具や間取りなど、80年前の建物とは、とうてい思えないものだった。そうして見ているこの時間も、毎度これからもこの旅なんども思うのだけれども、ここにいることが信じられないといつも思うのだった。


変換 ~ DSCN4821  変換 ~ DSCN4822

それから、フランスの東のはずれのロンシャンという小さな村に向かった。

そういえば、彼はドイツのデュッセルドルフと言う街に住んでいて芸術家なのだが、自宅からパリまで自分の車で来てくれたのだった。

若いころドイツに来た時は、言葉も仕事もお金も非常に大変だった話を聞いて今はこんなかっこいいイタリア車を買って家族と弟子さんをまかなっているなんて、ほんとすごいです。

才能ずば抜けてたものね。小中といっしょで幼馴染の同級生で、私も彼も絵が好きで得意だったのもあって、ほんと仲良かったね。部活もいっしょで、トランペット吹いてたしね。当時の彼の才能を一番知っていたのは私だったと思うのは、決してうぬぼれではなく。高校は違ったけど彼は高校の時、美術でなんか総理大臣賞など取ったって。すごすぎ。。

おかげで、私は幸か不幸か芸術家の道は、思いもしなかったのであった。


変換 ~ DSCN4830変換 ~ DSCN4824      変換 ~ DSCN4835


パリから約400キロくらい離れてたところに彼の車で一気に行ったのだが、驚いたのは、パリの街を出てからロンシャンに着くまで一つも信号機がなかったこと。途中半分は高速だったけど、200キロ近く信号がないのです。

なんでもかんでも十字路には信号が付いている日本とは大違いだった。

こんな国もあるのかと、正直驚いたのだった。

あとは、大地がうねっているだけの畑ばかりで、山がなかった。フランスも下に行けば山があるのだけれど、このフランスの大地は私の住んでいる茨城のような関東平野みたいなのかな。スイスが栃木みたいな。
急にローカルになっちゃたけど、、スケール違いすぎますね。

フランスは農業国って言うけど、ほんとそうだね。途中に小さな村らしき街がちょっとあっただけで、あとずーと畑か酪農だったもんな。


 変換 ~ DSCN4839

夕方に目的地に着き、見学は明日のお楽しみとなり、近くの町ベルフォールと言う街に着いた。

今日で、彼との最後の夜となってしまった。

明日からは朝、いっしょに建物を見てからそれぞれに。.彼は仕事があるのでドイツに帰り、私はいよいよ一人旅となる。

この日のホテルは日本で予約できない地域だったので、着いてから見つけることになった。

たまにはちょっといいホテルに泊まったほうが、疲れが取れるよと気遣って頂き、ちょっといいホテルを見つけ、彼の監視の下、ホテルのチェックインや外でのレストラン選定から注文まで、私が一人ですることとなった。ボンソワ、メルシーと指差しでなんとかこなし、明日から「一人旅できるか」試験にかろうじて受かった?のだった。

しかし実際は、パリみたいな大きな街と違い、日本人らしき二人は珍しいのかみんな(外人たち、というか私たちが外人だけど)私たちに振り向き、私はなんとも言えない不安に陥っていた。今はまだ彼といっしょだけど、一人だったらちょっとキツイなーって。

でも、彼と最後の食事をし、最後の乾杯をしてここ数日の楽しかった話やこれからのアドバイスなどを話し、ワインも進むうちにそんな不安はなくなっていた。。さすがアルコールパワー。恐るべし。

お酒好きでほんとよかったのだった。。

つづく
 2010/4/28 フランス パリ

変換 ~ DSCN4648

今回の旅の中でパリを視るのは今日で最後。
実質2日目の今日でパリともお別れ。今日も調べてきた建築を見たい(‥というかそれしか調べていない)と思っていたが、今日も狭いホテルのレストランで朝食を取りながら、彼(hiroyuki masuyama)が折角パリに来たのだから、美術館を見に行こうと進めてくれた。

そうだよねと思い、決めた場所がオルセー、ルーブル美術館、(この目玉2つはやはり外せないと思っていたけど)そしてオランジュリー美術館を薦めてくれた。30箇所以上はある美術館の中の3つを今日のノルマに。

ほとんど知らない私より、東京芸大卒の彼におまかせコースとあいなった。

ホテルを出て数回目のタクシーにのり、運転手に地図の指差しと挨拶のみで行き先を知らせ向かうのでした。(ちょっとづつ慣れてきたかも)オペラ座の前を通りオルセー美術館に・・・。


 変換 ~ DSCN4649 変換 ~ DSCN4650 

歴史ある美術史のなかでも、近代の絵画(19世紀が中心)があるオルセー美術館に。
以前は鉄道駅で1986年に改修し美術館となったこの館内には、印象派のモネ、ルノワール、ゴッホなど名前くらいは私でも知っていた有名な絵が展示している。。

それでも恥ずかしながら、美術のことはほとんど知らなかった私が、今は完全美術館巡りが趣味となってしまったのは、この時のおもしろさと楽しさがあったからにほかならない。

チケットの買い方を教えてもらって中に、、何度か来ている彼に中を案内兼、美術史の講義を『小学生でも解る美術史及び鑑賞法』ごとくしてもらいながら観て廻った。

どうして印象派なのか、なぜ印象派が出来たのか、その前のミレーなどからポスト印象派のゴッホ、ゴーギャンなどまで、ほんと楽しく詳しく面白く話してくれた。こちらも気兼ねなくいろいろ聞くことが出来て非常に勉強になった。

建築も音楽もなんでも歴史や変わっていく変遷など、流れがわかってくると、観方も変わって面白みが増してくるよね。



 変換 ~ DSCN4655 変換 ~ DSCN4654

オルセー美術館のすぐ後ろにレストランがありそこで昼食を。
ここもすごくおいしかったけど、フランスの食事はどこもおいしかったなー。
フランス料理って感じではないけど、いわゆるフランス料理ってガチガチな印象だったけど、そんなことなく気軽にふつうに美味しいなと思い直したね。

変換 ~ DSCN4656 

オルセーから歩きでセーヌ川を渡りルーブル美術館に向かった。
橋の途中では、ジプシーが所々にいて観光客に声を掛けている。彼には、『すべて無視してね』と言われ相手しているといろんなことを要求してくるからと。。

そんな彼の言葉に、ちょっと浮かれていた私の心と体が、ピリッとシビれた。

一人だったらと考えるとやはり怖さも感じた。今はまだ言葉も話せて生活も慣れている彼といっしょだけど・・一人だと怖さもあるなと。

ルーブルの前に着き、彼は自分の作品が近くで展示している所を観てくるというので、一人でルーブル美術館を見ることとなった。たぶんそうしてくれたのだと思うけど。

変換 ~ DSCN4659 

パリ再開発でフランス革命200周年にあたる1989年から改修し、地下の採光とエントランスを兼ねたガラスのピラミッドから中に入って、チケットと日本語の音声ガイドを借りた。

変換 ~ DSCN4668 変換 ~ DSCN4670 変換 ~ DSCN4680 変換 ~ DSCN4684 変換 ~ DSCN4695 

オルセー美術館の展示物より前の古代から19世紀までの作品がある巨大なルーブル美術館は、数時間で観れるわけなく、有名どころを小走りに廻った。

たくさんの人がいたが、特にモナリザの人気は一番で、思ったより小さく感じたモナリザの前は、人だかりだった。

古代エジプトやギリシャの傑作の数々、サモトラケのニケからドラクロアの自由の女神やミロのビーナスの後姿などまで、、ついでにパリジェンヌも駆け足で観て廻ったけど楽しかった。

ほとんどが人類の宝モノだね。


変換 ~ DSCN4704 

ルーブルを出て、彼と再会し、ちょっとマニアックだけど彼お勧めのオランジュリー美術館に歩いて向かった。

途中、チュイルリー公園を通るその側には、たくさんの人がくつろいでいた。

こちらは、日本にくらべ日差しが強く感じ、みんながサングラスをしてたり頭に乗せている訳が解った気がした。


変換 ~ DSCN4709 変換 ~ DSCN4710 

オランジュリー美術館は、特にモネの大作『睡蓮』に尽きる。

モネが望んだと言われる白い壁の部屋、周り一面に『睡蓮』があった。2部屋に渡り続いていて圧倒されるばかりだった。




変換 ~ DSCN4717 変換 ~ DSCN4719

 地下鉄メトロに乗って夕食に向かった。タクシーはもちろん、バスに乗った時もそうだったけど電車のドアも自分で開けることも初めて知った。すべて勝手に開いてくれる日本との違いを感じた。


早くもパリの夜も今日限りと言う事で、ぜひ食べに行こうと薦めてくれてたのは、シーフードのオードブルのあるお店。

カキやエビ、貝など盛り合わせしてあり、尽きない話をしながら飲む白ワインは最高で、ボトルがなくなるのも時間の問題だった。


変換 ~ DSCN4722
 

ホテルに戻り、ホント狭いエレベータの扉も自分で開閉するのだった。

つづく



2010/4/27 フランス パリ


 変換 ~ DSCN4475

パリ市内のホテルに泊まり、朝を向かえ窓から外を眺めると『マジ、パリに来てしまった』って感じだった。


昨日の夜、ドイツでアーチスト(芸術家)をしていて主にヨーロッパで活躍している、幼馴染の親友HIROYUKI MASUYAMA氏がパリドゴール空港に迎えに来てくれて、数日間いっしょに行動を共にしてくれることになっていた。お互いちゃん付けで呼んでますけどね・・・。。

いっしょにいるこの数日間で、いろいろ食事の仕方や電車、タクシーの乗り方チケットの買い方、その他いろいろ一気に覚えなくてはならない。

朝、数人しか座れない狭いレストランで、今日の予定を2人で打ち合わせし早速街に出掛ける。

今回の主な私の計画の一つとして、今は亡き、偉大な近代の建築家 ル・コルビュジェ氏の設計した建築類を実際に観て、触って、泊まってくる事が大きな目的でもあった。

主にフランスで活躍し、中でもパリには重要な建築物が多数ある。日本でも上野にある西洋美術館なども設計している。

細かな感想などは、後で記せたらとも思うけど。


変換 ~ DSCN4508 

はじめに初期の代表作のひとつ、ロッシュ・ジャンヌレ邸に。

パリの中心街からちょっと離れているのでタクシーに乗り込み、地図と住所を見せて運チャンに何とか伝え、友人にフォローをしてもらいつつ、なんとか現地へ。。

ちょっとマニアックな場所で道から奥まったところに有ったので、着いたのかどうか解らず運ちゃんとなんだかんだとやり取りしてしまった。

となりでやりとりを聞いていた友人は、後でなんて言ってるのか教えてもらったら、可笑しくって大笑いしてしまった。

言葉が解らないと、なかなか厳しいですねー。


実際に観て、『やっぱり来てよかった』って思い直した。


正直マジ感動した・・というか全体な設計の斬新さはもちろん、細かな納まりや家の中でも演出があり、間取り図だけをいじっている家とは全く違う家がありました。1923年の建物なので90年近く前に建てられたのかと改めて気づかされた。
日本だったら昭和こして大正だもんね。芸術家の友人もかなりびっくりしてました。

細かいところの感想は・・・書くと終わらないので後日に。。

そして、バスに乗って街中方面にもどり、今だここにいることが信じられないようなパリの街を歩いて、初めての食事。
正直、フランス語はもちろん英語も全く話せない読めない私は、食事することもままならない状況。
今後一人となっても食事が取れるようレストランの選定と注文、そしてチップのことまで小学生よろしく一からレクチャーをうけることに。
彼もそんな私を不安に思い、いっしょにいる2,3日の間ずっと講義?をしてくれるのであった。


変換 ~ DSCN4575 変換 ~ DSCN4565 
なにはともあれ、非常にいい天気のなかパリらしく外で食事を。
日本ではそうない、外での食事は、ほんと気持ちいいものであった。多少のワインを飲みつつ。

変換 ~ DSCN4570
 変換 ~ DSCN4571 

食事中、久々にあった彼との再会が外国のパリであることにお互い感動し、話も尽きないが彼の作品のネタ本を見せてもらって、これもまた難解であった。


変換 ~ DSCN4578


そして、、パリに着たら取り合えずは観ないとってことで凱旋門とエッフェル塔に。。

変換 ~ DSCN4588 変換 ~ DSCN4601

エッフェル塔に登って(これが階段でけっこうシビれた)、セーヌ川を眺め中世に計画された都市が今も変わらず残っていることに深く感動した。


変換 ~ DSCN4618 変換 ~ DSCN4619
さらに、コルビュジェの中期の1933年に建てられたスイス学生会館とすぐ隣にある後期の1959年に建てられたブラジル学生会館を見に行く。

彼が40歳初旬の建物と70歳ちかくの建物がほぼ隣に並んでいて、見ごたえがあった。その30年の間に、後日見に行くことになるコルビュジェの代表作ロンシャンの礼拝堂やユニテダビタシオンなどの後に、こうして並んで創ることに、後で思うとスイス会館の時のこれからの建築の方向性を標したことを、30年経ってからもあらためて、同じ方向性をそしてより強く標していることに驚かされる。


変換 ~ DSCN4639


なかなか夜にならないヨーロッパにまた驚き、古い街並みのなか現代的な建築の代表的なポンピドューセンターに。
閉館していて中に入れず。


変換 ~ DSCN4643 

夕食を食うにも、また勉強。はじめてタルタルステーキなぞを食べ今日の充実した一日にビールとワインで乾杯したのでした。

変換 ~ DSCN4645

ホテルにもどり、外国に着いたら見るようにいわれた子供たちからのおまもりの中身をみて一人笑いをし、気持ちよく寝たのだが、夜中2時ごろ、日本では朝なので日本からの仕事の電話対応でゆっくりも出来ないのであった。

つづく。

 

フランス・スペイン・イタリアと建築や美術を視に行った一人旅から一年が経ちます。

ゴールデンウイークをはさみ、2週間ほど。

出発の一週間くらいに前にアイスランドの噴火があり、直前に空港が再開して多少不安の中飛んでいったことを思い出します。

今は、日本がこう言う状況となりいつなにが起こるか解らないね。

もう一年も経ってしまったけど、時折その時の状況を綴って行きたい。

ブログの下書きしたものやメモ、スケッチ、写真を元にもう一度整理しておこうと思う。





昨日の夜景とまたうって変わり朝は、清々しい最高の景色が開けていました。

今回泊まったベネッセハウスミュージアムは美術館とホテルが一緒になったような施設で、館内や砂浜までの敷地にはアートが所どころにあって楽しませてくれました。

何カ所もある島々で開催している今回の芸術祭の中心的なこの直島は、プロジェクトのきっかけにもなった安藤忠雄設計の地中美術館を始め、ベネッセハウスミュージアムや李禹煥美術館、そして家プロジェクトがあります。
家プロジェクトのなかには、私の好きな千住博さんのフォールズなどもあったけど、帰る日だった事もあり交通の便がいまいちで、泣く泣く地中美術館のみ観たんだ。



でも、しかし。地中美術館。。すごい、スゲー美術館!。。まじこんな美術館って観たことないよ!安藤さんってこんな事しちゃうんだ。そうなんだ、そうだよな。…すごい圧倒された美術館だった。モネの睡蓮やウオルターデマリアの部屋は、言葉に出来ないインパクト!だし(あれは表現出来ない、あれこそ言葉に出来ない!)安藤建築はこれなんだ!こんなことしてしまうのーーーーーってくらいすごく感動してしまった。。。。。。

もっともっと観たいのに時間がたりず、、、でも最後に、昨日妹島さんがぜひ行ってって言ってた銭湯のI〓湯に行って来たよ。デッカい象がなんでか銭湯のど真ん中にいるんだ。わけわかんないけど、、こんな事もアートだってことなんだって、この島がそう思わせるだよなーーーー。


今回旅は、李さんの言葉で、こんなこと冊子に乗ってました。

『直島ていうところは特別な観光地でもなく極めて普通でありながら、海、空、山や人々が不思議な清潔さやさわやかさがある土地だと思います。現代社会はスピーディで物質も情報もあり過ぎる。そんな中、立ち止まって考える。一息いれる場になるといいと思いますね。』

まさにその言葉通りの島であった。そうそう来れる所ではないけど、またいつか是非来てみたいと思う。。

瀬戸内国際芸術祭2010 おわり


http://www.aoki-js.com/
iPadから送信





いいことは続くもので、食事の後、もうチョット飲もうって事で館内のラウンジで飲んでいた時のこと。

ちょうど豊島美術館がオープンしたって事で、その関係者が二次会をしていたのですが、そこに今回の芸術祭の中心的な建築家の妹島和代さんや豊島美術館を設計した西沢立衛さんもいらしていて、偶然にも妹島さんと話す機会があり同じ茨城県出身って事で意気投合。

そこに今回の芸術祭の最高責任者のベネッセの方も一緒に盛り上がり、いろんなお話する事が出来ました。

ベネッセの創業者の福武さんがどうしてこんな島に美術館を作り始めたことや、安藤忠雄さんや妹島さんがどうして関わったのか、その他三島由紀夫氏や作詞家の松本 隆の話しまでいろいろ話す事が出来ました。お酒の力もあったけどね…。。

最後に一緒に写真を撮らせて下さいとお願いし、心良く一緒に撮る事が出来ました。

西沢さんも呼んでいただき、五人で撮影。

建築のノーベル賞と言われるブリツカー賞を取った二人の妹島和代さんと西沢立衛さんと一緒に撮ったこの写真は、ちょっと宝モノ級でしょう!

ありがとうございました!


http://www.aoki-js.com/
iPadから送信




ベネッセパークホテルのレストランで食事をとり、最後にデザートかなと思っていたらこんなケーキが。。

一緒に行った平山くんが前もって段取りしてくれたみたいでした。
びっびっくりし、レストランのスタッフのかたに歌まで歌ってくれました。

恥ずかしくもあったが大変喜ばしいことです。

始めて行った事もあり、2人のどっちが当事者かをあちらさんでわかるように、デッカい方とチッチャイ方がいるからチッチャイ方が当事者だ!と予約したそうです。。

いろいろ段取りありがとうございます!


http://www.aoki-js.com/
iPadから送信
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。